部下のモチベーションが上がらないとき、最初に「自分の関わり方が悪いのではないか」と自分を責めてしまう管理職は少なくありません。
しかし、部下のモチベーションは「一つの原因」で下がるわけではありません。上司の接し方だけでなく、組織の構造、部下本人の状態など、複数の要因が絡み合った結果として行動が止まっているだけなのです。だからこそ、まず必要なのは「構造として理解すること」です。原因の切り分けができれば、あなたが改善できる領域に集中でき、努力が空回りすることもなくなります。
本稿では、モチベーション低下の3領域(①関わり方、②構造要因、③個人状態)を整理したうえで、心理学(自己決定理論:Deci & Ryan、自己効力感:Bandura、心理的安全性:Amy Edmondson)を踏まえた再現性の高いメソッドをお伝えしていきます。読み終えるころには「何をどう変えれば、部下は自発的に動き出すのか」が明確になるはずです。
Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78. https://doi.org/10.1037/0003-066X.55.1.68
Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84(2), 191–215. https://doi.org/10.1037/0033-295X.84.2.191
dmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383. https://journals.sagepub.com/doi/10.2307/2666999
モチベーション低下は3つの領域から生まれる
部下のモチベーションが低下したとき、多くの管理職が最初にやりがちなのは「自分の関わり方だけで解決しようとすること」です。しかし、モチベーションは単一の原因ではなく、複数の領域が絡み合った結果として生じます。そこでまずは原因を3つの領域ごとに整理していきましょう。
① 上司・チームの関わり方に起因する要因
最も頻度が高く、改善効果も高いのがこの領域です。承認の質、関わり方、判断基準の共有、目的の言語化、心理的安全性といった日常のコミュニケーションが、自律性・有能感・関係性に直接影響します。ここが整うと、部下の行動は自然に前に進み、自発性が育ちます。本稿のメインテーマもこの領域です。
② 仕事の構造・制度に起因する要因
業務量、権限範囲、役割の曖昧さ、評価制度の不明確さなど、構造そのものが部下の行動を制限しているケースです。これらは上司個人の努力で解決するべきではなく、部署や組織としての改善が求められます。構造が歪んでいる職場では、部下は動けないだけであり、意欲の問題ではありません。
③ 部下個人の状態に起因する要因
経験不足、不安、スキルギャップ、家庭環境、体調・メンタルなど、個人的な状態が行動に影響するケースです。これは怠慢ではなく、誰にでも起こり得る自然な現象です。不安や迷いを抱えている部下に対して、厳しい要求を続けたり、成果だけ求めたりしてしまうと、さらに行動は止まります。
3領域を理解することの本質
この3つを理解することは、「努力すべき領域」と「背負わなくてよい領域」を明確にするために欠かせません。原因が混在したままでは、上司は努力だけが増え、成果は出ず、部下も上司も疲弊してしまいます。
逆に、3領域の構造がクリアになれば、関わり方で改善できる①に集中でき、最小の負荷で最大の成果につなげることも可能なはずです。そこでまずは②③について確認していきます。
②構造要因と③個人要因を押さえておくべき理由

本題である①「上司・チームの関わり方」の改善に進む前に、必ず理解しておくべき前提があります。それが、部下のモチベーション低下の背景には、②構造要因と③個人要因という、上司の努力や接し方だけでは解決できない領域が存在するという事実です。
この2つを押さえずに①の改善だけを進めようとすると、上司の努力が空回りしたり、部下の本音を見誤ったり、さらに負荷が増して状況が悪化したりするリスクがあります。つまり、②と③を理解することは、①を正しく機能させるための土台であり、改善のスタートラインに立つために欠かせない視点なのです。
②構造要因:努力では変えられない領域
構造要因とは、業務量・役割設計・評価制度・意思決定のフロー・承認プロセスなど、組織そのものの設計に由来する原因です。こうした構造に歪みがある場合、どれほど上司が丁寧な関わりをしても、部下の行動は変わりません。
例えば、業務量が物理的に多すぎると、部下は「やる気がない」のではなく、単純に“時間的・認知的余裕がない”だけです。また、役割が曖昧で「自分が何を担当すべきか」が見えなければ、不安から行動が止まります。評価基準が不明確であれば、「何に向かって頑張ればいいのか」が分からず、努力が無意味に感じられます。
こうした問題は、上司自身の力量の問題ではなく、構造の問題です。つまり、部下が動けないのは「意欲がない」「甘えている」からではなく、「動ける条件が整っていない」だけなのです。だからこそ、この領域は上司一人が背負うべきではなく、部署や経営層を含めた仕組みの改善として扱う必要があります。
③個人要因:本人の責任ではなく状態の問題
個人要因とは、部下自身の状態に由来する原因です。経験不足による不安、スキル不足、業務理解の遅れ、プライベートの影響、体調不良、メンタルコンディションの低下などが含まれます。
特に重要なのは、「行動が遅い」「挑戦しない」「集中力が続かない」という現象は 怠慢ではなく、脳の状態そのもの によるケースが少なくないという点です。心理学の研究では、ストレスが高まると前頭前皮質(思考や判断を司る領域)の働きが低下し、行動・判断・集中が困難になることが分かっています(Lazarusのストレス理論)。
つまり、「最近元気がない」「報告が遅い」「消極的」という現象は、やる気が低いのではなく、動ける脳の状態ではないという解釈が必要なのです。これを理解せずにプレッシャーを強めると、部下の状態は悪化し、ミスや退職リスクを上げる負の連鎖が起きます。
Lazarus, R. S. (1991). Progress on a cognitive-motivational-relational theory of emotion. American Psychologist, 46(8), 819–834. https://doi.org/10.1037/0003-066X.46.8.819
②と③を押さえずに①だけ改善しようとすると失敗する理由
構造問題と個人状態を理解せずに「関わり方を変えれば、部下は動くはずだ」と考えて行動すると、必ず行き詰まります。構造が原因なのに「もっと主体的に」と求めても改善しませんし、個人状態の問題に対して厳しいフィードバックをすると、状態をさらに悪化させることになります。
結果として、
- 上司は「何をしても改善しない」と疲弊する
- 部下は「本質を理解してくれない」と不信感が増す
- チームの空気が悪くなり、生産性がさらに低下する
という悪循環が起きます。だからこそ、①に取り組む前に②と③を押さえておくことは非常に重要なのです。
① 上司・チームの関わり方(自律性・有能感・関係性)

さて、ここからが本題です。部下の行動やモチベーションに最も直接的な影響を与えるのは、上司とチームの関わり方です。
心理学・組織行動の領域では、Deci & Ryan の自己決定理論が示す「自律性・有能感・関係性」という3つの要素が、人の内発的動機づけを左右すると一貫して示されています。これは研究者だけでなく、Googleのプロジェクト・アリストテレスをはじめ、企業のハイパフォーマンスチーム分析でも再現性が確認されている極めて実務的なフレームワークです。
逆に言えば、この3つの要素のうち一つでも欠けると、部下の行動は鈍り、挑戦や創意工夫は生まれず、報告や相談の質も落ちていきます。
多くの組織では、成果管理やタスク管理に目が向きがちですが、実際には「人が動くための心理的条件」が整っているかどうかが、成果を左右する決定的な要因になります。ここでは3つの心理要素を実務に落とし込み、管理職がどのような関わり方をすれば部下の行動が自然と前に進むのか、その本質と具体策を丁寧に解説します。
【自律性】“自分で選べている”という感覚が行動の起点になる
自律性とは「自分で選び、自分の意思で行動している」という感覚です。自律性が高い状態では、部下は自発的に動き、改善や挑戦が自然と生まれます。一方、細かな指示が多く、判断の余地がない環境では、部下は「判断しないほうが安全だ」と学習し、主体的に動く力を失っていきます。
では、自律性を高めるにはどうすればよいのでしょうか。もっとも再現性の高い方法は、指示を出す前に必ず「意思を問う質問」を入れることです。「どう考えている?」「次はどこから取り組みたい?」という短い問いを挟むだけで、部下は選択権を感じ、主体的なモードへ切り替わります。
さらに重要なのは「目的」「判断基準」「裁量範囲」を常にセットで示すことです。自由を与えるだけでは不安が強まり、逆に動けなくなるため、判断の土台となる情報を透明化する必要があります。「どこまで任せてよいか」「どの基準で判断すべきか」が明確になると、部下は自信を持って動けるようになります。つまり自律性とは、“放任”ではなく“選択可能性のある枠組み”をつくることなのです。
【有能感】“できている実感”が行動の継続力を生む
有能感は「自分は成長している」「役に立てている」という感覚です。この感覚があると、部下の行動は自然と継続し、難しい課題にも前向きに取り組めるようになります。逆に、有能感が欠けると、本人が望んでいても行動は続かず、自信は失われていきます。
有能感を高めるポイントは、成果だけを見るのではなく、「行動を承認する」というスタンスです。丁寧な説明、段取りの改善、小さな気づき、早めの共有など、成果を生み出すプロセスをこまめに承認すると、部下は「できている」という確信を持てるようになります。この確信こそが自己効力感(Bandura)につながり、自発的な行動を支える推進力となります。
また、改善が必要な場面では課題の指摘ではなく、改善すべき方向の提示が効果的です。「何が悪いか」ではなく「どうすればよくなるか」に焦点を移すことで、部下は改善を「自分にもできること」として捉えられます。これは部下の不安を抑え、行動を前に進めるために非常に重要な働きをします。
【関係性】”心理的安全性”が挑戦と本音を引き出す
心理的安全性とは、「このチームなら本音を話しても大丈夫だ」「ミスや未熟さを見せても攻撃されない」と感じられる状態です。ハーバード大学のAmy Edmondsonの研究でも、心理的安全性は学習・挑戦・改善の源泉であると示されています。
安全性が高いチームでは、
- 相談が早くなる
- 報告の質が上がる
- 挑戦や改善提案が増える
- ミスが共有され再発防止につながる
など、組織行動の質が劇的に高まると考えれています。
一方、安全性が欠けると、部下は「防衛モード」になります。防衛モードでは、ミスは隠され、報告は遅れ、相談は減り、挑戦はなくなります。つまり、安全性の欠如は行動停止の根本原因になり得るのです。
心理的安全性は特別な取り組みではなく、日々のマイクロコミュニケーション、1on1での状態確認、失敗時に“人格ではなくプロセス”を見る問いかけなど、日常の積み重ねでつくられます。上司の小さな関わり方の改善が、チームの行動変容を大きく後押しするのです。

上司がやってしまいがちな5つのNG行動

ここからは、部下のモチベーション低下を招く“上司が無意識にやってしまいがちなNG行動”について解説します。厄介なのは、これらの行動のほとんどが 「部下のためを思って」 行われているという点です。つまり、善意から生まれた行動が、結果的に部下の自律性・有能感・心理的安全性を奪い、モチベーションの低下や行動停止を引き起こしてしまうのです。
多くの管理職は「どこまで踏み込むべきか」「どのように伝えるべきか」と葛藤しながら日々のマネジメントを行っています。しかし、意図と結果にはしばしばギャップがあり、そのギャップが部下の行動を大きく左右します。ここでは、特に現場で頻出する5つのNG行動を取り上げ、それぞれが部下の心理と行動にどのような影響を及ぼすのかを専門的な視点から整理します。
NG① 原因追及から入る「なんで?」:脳の防衛システムを発動させる質問
上司としては「状況を把握したい」「同じ失敗を防ぎたい」という意図で投げかけているとしても、「なんでこうなった?」という問いは、部下にとっては脅威として受け取られやすい質問です。心理学の観点では、“原因追及型の質問”は大脳辺縁系の脅威反応を引き起こし、部下を防衛モードに移行させます。防衛モードに入ると、
- 本音を隠す
- 事実を小さく見せる
- 責任回避の言い訳が増える
- 報告が遅くなる
といった現象が起きます。
つまり「問題を解決したい」と思って発した問いが、逆に「問題の発見を遅らせる」結果を生んでしまうのです。本来必要なのは原因追及ではなく、プロセス理解と再発防止のための協働的な対話です。「どういう流れでこうなった?」というプロセス中心の問いに変えるだけで、防衛反応は大幅に減少します。
NG② 過度なマイクロマネジメント:短期的成果と引き換えに自律性を奪う
マイクロマネジメントは、短期的には成果が出ます。細かく指示を出せば、ミスは減り、スピードは出るかもしれません。しかし、その代償として部下は「考えない方が正しい」「指示を待つ方が安全だ」という学習を積み重ねてしまいます。
その結果、
- 自律性が失われる
- 報告・相談が減る
- 上司の不在時に動けなくなる
- 挑戦や工夫が一切生まれない
という状態に陥ります。
特に日本企業では「丁寧に教えること」が美徳として語られます。しかし丁寧すぎることによって、部下は成長の機会を奪われることもあります。本来、上司が提供すべきなのは「正しい答え」ではなく、「考えるための枠組み」です。

NG③ 行動承認の欠如:成果偏重のマネジメントが部下の成長を止める
成果だけを見て承認し、行動やプロセスを見ない。このスタイルは短期的な成果管理には向いていても、部下の長期的な成長には結びつきません。人は成果を自分でコントロールできませんが、行動はコントロールできます。だからこそ、行動を承認されることで「できている」という実感が育ちます。
行動を承認すると、
- 自己効力感(Bandura)が高まる
- 改善行動が増える
- 試行錯誤の質が上がる
- 学習速度が高まる
というメリットが生まれます。
反対に、行動が承認されない環境では、「どうせ努力しても評価されない」という学習が生まれ、部下は努力そのものをやめてしまいます。これはモチベーション低下の典型的パターンです。
NG④ 感情的な指摘:“人格を攻撃された”と感じた瞬間に行動が止まる
怒鳴ることはもちろん、ため息や表情の変化、語尾の強さなど、上司本人が自覚していない「感情の漏れ」も部下の心理安全性を大きく損ねます。人は他者の感情に非常に敏感で、上司の感情的反応は脳の危険察知システムを瞬時に作動させます。
この状態では、
- 思考力が低下
- 行動量が減少
- 報告が遅れる
- ミスが増える
などの影響が出ます。
感情を排除する必要はありませんが、「評価は行動に、感情は言葉に乗せない」という原則が重要です。これはハイパフォーマンスチームで共通して見られる特徴であり、心理的安全性の根幹でもあります。
NG⑤ 任せるつもりが“放置”になる:境界線の欠如が混乱を生む
「任せる」という行為は本来、部下の自律性・成長を促すための非常に重要なマネジメント手法です。しかし、任せることと放置することは全く別物です。
任せるには必ず、
- 目的
- 判断基準
- 優先順位
- 相談タイミング
- 期待している役割
という“境界線”を明確に示す必要があります。
境界が曖昧なまま任せられた部下は、「どこまで裁量があるのか」「何を基準に判断すべきか」が分からず、逆に行動が止まります。放置は自由ではなく情報不足であり、部下の不安と失敗リスクを高めるだけです。
明日から実践できる3つのステップ

ここまで、部下のモチベーション低下が「①関わり方」「②構造要因」「③個人状態」という3つの領域から生じること、そして上司が最も強く影響を及ぼせるのが①の領域であることを整理してきました。ここからは、その①を“現場で確実に活かせる行動”へと落とし込んでいきます。
多くの管理職は、部下のモチベーション改善と聞くと、「時間がかかる」「気持ちの問題である」「個性に合わせた対応が必要」といった印象を抱きがちです。しかし実際には、部下が行動しやすくなるための条件は、驚くほどシンプルだったりします。
それは「安心して相談できる」「主体性が発揮できる」「できている実感が得られる」という3つを満たすことです。そしてこの3要素は、日常のごく短いコミュニケーションの積み重ねで作ることができます。
以下のステップは、ハイパフォーマンスチームの研究(Amy Edmondson、Edgar Schein、Google社Project Aristotleなど)でも一貫して示され、現場でも再現性の高い方法です。シンプルですが、実行すると「部下の行動量」「相談の質」「報告スピード」が明確に変わり始めます。
STEP1:関係性の土台を整える
最初のステップは「関係性の土台づくり」です。心理的安全性は特別な制度やミーティングではなく、“日常の小さなコミュニケーション”の累積でしか生まれません。
例えば、朝の短い雑談、困っていそうなときの一言、進捗を尋ねる際の柔らかい言葉選びなど、数秒の行動が積み重なることで、部下の脳は「この人には安心して話していい」と認知します。1on1も、評価面談のような“成果確認の場”ではなく、状態を理解するための“対話の場”として機能させる必要があります。
「最近どう?」という抽象的な問いではなく、「今、困っていることはある?」「優先順位を決めるとしたら何が不安?」のように、状態と認知を言語化できる質問が効果的です。
心理的安全性の高いチームでは、
- 相談が早くなる
- 情報が隠されない
- ミスが共有され再発防止が進む
- 挑戦や改善提案が増える
といったメリットが自然に発生します。
つまり、関係性の土台を整えることは、部下の行動を変える前提条件であり、これを抜きにして主体性を求めても決して機能しません。
STEP2:指示の前に“意思を問う”ことで主体性を引き出す
次のステップは、主体性を引き出すための「意思を問うコミュニケーション」です。多くの管理職は良かれと思い、「では次は〇〇をお願いします」「この順番で進めて」と答えを先に渡してしまいます。しかしこの瞬間、部下は“選択の余地がない状態”に入り、自律性が損なわれます。
行動科学の観点では、人は「自分で選んだこと」への責任感・達成感・継続力が最も高まりやすいと言われています。そこで有効なのが、指示の前にたった一つの質問を挟むことです。
「どう進めたいと思っている?」「まずどこから着手するのがいいと思う?」「あなたの考えを聞かせて」…
などのような短い問いが、部下の脳を“受け身モード”から“主体的思考モード”に切り替えます。重要なのは、意見を否定しないことです。仮に最適な回答でなかったとしても、「なるほど、その考え方は良いね。じゃあこういう点も踏まえるとさらに良くなるよ」と“方向付け”をすることで、主体性を保ちながら精度を高めることができます。
また、主体性を活かすためには、
- 目的(なぜやるのか)
- 判断基準(何を優先すべきか)
- 裁量範囲(どこまで任せるのか)
をセットで明確にすることが欠かせません。自由を渡すだけでは不安を生みますが、“枠を明確にした自由”は主体性を強化する武器になります。
STEP3:行動承認と改善の方向性をセットで渡す
最後のステップは「行動承認」と「改善方向の提示」をセットで行うことです。多くの管理職は、成果に対する評価や課題指摘には慣れていますが、「行動への承認」や「改善方向の言語化」には十分な時間を割けていません。しかし部下の有能感は成果ではなく、行動の積み上げから育ちます。
例えば、「気づきが早かった」「共有スピードが上がっている」「説明が前より整理されていた」など、小さな行動の進化を言語化すると、部下は「自分はできている」という確信を持ちます。これは自己効力感(Bandura)を強く刺激し、行動継続の原動力になります。
一方、改善が必要な場合は、課題の指摘ではなく改善の方向を具体的に示すことが鍵です。「次は〇〇の順番で話すともっと伝わると思う」「この部分だけ補足があると、よりスムーズに進められるよ」といった“未来の行動にフォーカスした言語化”は、部下にとって「実現可能な改善」として受け取られます。
承認と改善方向をセットにすると、部下は「できている部分があるから頑張れる」「改善すべき点も明確だから動ける」という心理状態になり、行動が止まりにくくなります。
まとめ
部下のモチベーションが下がる理由は、決して単純ではありません。①上司・チームの関わり方、②仕事の構造・制度、③部下自身の状態。この3つが複合的に絡まり、結果として“行動が止まっている”ように見えているだけです。
多くの管理職が「自分の接し方が悪いのでは」「もっと厳しく言うべきだったのでは」と自分を責めてしまいますが、実際には上司個人の努力だけで変えられない領域のほうがはるかに多いのです。まずは、この3領域の切り分けを正しく行い、自分が影響できる範囲とそうでない範囲を明確にすることが、モチベーション改善の最初の一歩になります。
そのうえで、上司がもっとも強く影響を及ぼせるのが①の領域──つまり「関わり方」です。自律性・有能感・関係性という3つの心理的要素を整えることで、部下の行動は自然に前に進み始めます。逆に、原因追及型の問いかけやマイクロマネジメント、成果偏重の承認、感情的な反応、任せるつもりで“放置”してしまう振る舞いは、部下の心理状態を大きく揺さぶり、モチベーションを削ぐ要因になります。まずは、これらのNG行動を排除するだけでも、チームの空気は驚くほど変わります。
さらに、明日から実践できる3つのステップ──①心理的安全性という土台を整える、②指示の前に必ず意思を問う、③行動承認と改善方向の提示をセットにする──を積み重ねることで、部下の自律性は徐々に回復し、行動の継続力が育ち、相談や報告の質も向上します。大きな改革をする必要はありません。日々の小さなコミュニケーションの質を少しずつ変えることで、チームの行動量と雰囲気は確実に変わっていきます。
モチベーションは部下の性格ではなく、構造と関係性で決まります。あなたができることに集中し、部下が動きやすい環境を整えることで、チームには必ず変化が生まれます。そしてその変化は、あなた自身のマネジメントの自信を育て、上司としての影響力をさらに高めていくはずです。

