離職を防ぐために管理職ができること

「部下の離職をどう防止するか」は、採用難が続くいま、管理職とプレイングマネージャーにとって最重要テーマの一つです。離職は本人の事情だけで起きるのではなく、日々の上司とのやり取り、仕事の渡し方、評価の伝え方といった現場の体感の積み重ねで起きます。

厚生労働省の雇用動向調査では、転職者が前職を辞めた理由として「労働時間・休日等の労働条件」「職場の人間関係」「給料等収入が少なかった」などが挙がっています(出典:厚生労働省「令和6年雇用動向調査結果の概況」)。

言い換えると制度の改定などしなくても、現場の運用で触れられる領域が大きいということです。そこで本稿では、離職防止の打ち手を、

  • ①人間関係の火種を放置しない
  • ②過重負荷を是正する
  • ③納得感のある評価と成長支援を回す

と整理していきます。もちろんこの順番には理由があります。

人間関係が崩れている職場では、相談や反対意見が出なくなり、問題が見えません。問題が見えないまま負荷が上がると、誰かが抱え込み、燃え尽きます。最後に、評価や育成の納得感が整うと、忙しい時期でも踏ん張る理由が残り、エンゲージメントが高まりやすくなります。

ではどうするのか?まず土台から整え、定着率につながる止められる離職を減らしていきましょう。研修や人事相談に投資できる規模の組織ほど、現場の“型”を共通言語にして再現性を持たせるだけで、離職の予防効果が出やすくなります。

目次

優先順位① 人間関係の火種を放置しない:摩擦・孤立・不信を早期にほどく

離職の入口は「不満」よりも、「言えない」「頼れない」「分かってもらえない」です。部下が困っていても相談しない、会議で黙る、急に元気がなくなる。こうした兆候は、能力の問題というより、対話の安全性が下がっているサインです。

心理的安全性は、チームの中で対人リスクを取っても安全だという共有認識として研究されており、問題提起や学習行動に関わる概念として整理されています(出典:Edmondson, A. C. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams.)。

1on1を「雑談」から「詰まり解消」に戻す

1on1が形だけになっているチームほど、離職の兆候を見逃しがちです。最初にやるべきは、目的を一本化することで詰まりを解消することです。そのためには、次の3つの問いを意識してみてください。

  1. 今いちばん詰まっている仕事は何ですか?
  2. 何が障害になっていますか?(情報/人/時間/判断)
  3. 私が今日できる支援は何ですか?

ポイントは、助言より先に「障害の種類」を分けることです。情報がないなら情報を整える。判断が不明なら、決める場を作る。人間関係が絡むなら、当事者の会話を設計する。

最後に「今日決まったこと/次の一手」を一文で残すだけで、部下は“話すと変わる”を学習します。相談が起きやすい関係づくりは、以下の記事も参考になります。

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すれ違いが起きたときの介入は「事実→影響→要望」で設計する

人間関係の摩擦は、主観がぶつかる前に、事実の取り違えが起点になることが多いです。そこでまず管理職がやるべきは、誰が悪いかを裁くことではなく、事実と影響を分けて会話を整えることです。

部下が「無視された」「冷たい」と言ったとき、まず「いつ・どこで・何が起きたか」を確認し、次に「仕事がどう止まったか」「不安がどう増えたか」を言語化します。最後に「今後どうしてほしいか」を具体化します。

当事者同士をいきなり二人きりで話させると、感情が強い局面では火に油になりやすいので、初回は管理職が同席し、双方の発言を要約して論点を整理し、次の行動を一文で合意してください。ここで“合意できたこと”を残すことが、チーム全体の安心感のよりどころになります。

期待のズレを減らす:役割と境界線を短文で合意する

日本の職場で起きやすい摩擦が、「どこまでやるか」の曖昧さです。頼む側は当然と思い、受ける側は“それは誰の仕事?”と感じる。ズレが積もると、関係性は一気に冷えます。管理職ができる最も堅実な対策は、役割と境界線を短文で明文化することです。

新しい案件や改善活動を始めるときは、

  • 最終判断者
  • 実務責任者
  • 相談先
  • 共有先

を決めて、チームに見える形に置きます。

あわせて「即レスは必須か」「営業時間外の対応はどうするか」「トラブル時の連絡順はどうするか」など、揉めやすい期待値を3つだけ決めると効果的です。全部ルール化するのではなく、衝突が起きやすい論点だけ先に潰すという姿勢が現実的です。

ちなみに任せ方の線引きについては、以下の記事も参考になると思います。

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心理的安全性は「優しさ」ではなく「言いにくいことを言える運用」

心理的安全性は、仲良しや甘さのことではありません。反対意見、懸念、ミス、助けてのサインといった“言いにくいこと”が出る運用があるかどうかです。

管理職がすぐ変えられるのは会議運用です。反対意見が出たら、結論の前に「前提」「リスク」「代案」を聞き、発言した人を守る。ミスが出たら、犯人探しではなく「再発防止の仕組み」に論点を移す

こうした運用は、会議で部下が黙る現象ともつながっています。詳しくは以下の記事を参照ください。

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叱責と指導の線引きを言語化し、ハラスメントの芽を止める

人間関係の崩壊は、強い言葉の常態化から始まります。厚生労働省は職場のハラスメントに関して、相談体制の整備や、迅速かつ適切な事実確認、適切な対応など、事業主が講ずべき措置を指針として示しています(出典:厚生労働省「職場におけるハラスメント関係指針」)。

現場の管理職としてまず徹底したいのは以下の3点です。

  • 部下の前で人格を否定しない
  • 叱責を公開の場で行わない
  • 感情のままに言葉を投げない

なお、パワーハラスメント防止のための雇用管理上の必要な措置は、法律に基づき事業主の義務とされ、段階的に適用が拡大してきました。厚生労働省の案内資料でも、方針の明確化・周知、相談窓口の整備、事後の迅速かつ適切な対応など、具体的な措置が示されています(出典:厚生労働省「労働施策総合推進法に基づく『パワーハラスメント防止措置』)。

管理職は制度担当ではないとしても、現場で最初に相談を受ける立場になりやすいので、

  • 傾聴してメモを残す
  • その場で結論や評価を出さない
  • 所定の窓口・手順につなぐ

の初動だけはチーム内で共通化しておくと、こじれを防げます。

指導が必要なときは、「期待する行動」「必要な理由」「次の一手」を短く伝え、相手の解釈を確認します。叱れない・伝えられないことでズレが溜まるケースも多いので、伝え方の型は以下の記事も参照してください。

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優先順位② 過重負荷を是正する:忙しさを「仕組みの問題」に戻す

離職の引き金として多いのが、過重負荷の常態化です。忙しさが続くと、本人も上司も「頑張るしかない」と考えがちですが、ここで必要なのは“努力”ではなく“設計”です。

Job Demands-Resources(JD-R)理論では、仕事の要求(負荷)が高いほど消耗が増え、仕事の資源(裁量、支援、フィードバック、ツールなど)がその影響を緩衝し得ると整理されています(出典:Demerouti, E., & Bakker, A. B. (2014). Job Demands–Resources Theory.)。

管理職ができるのは、要求を下げるか、資源を増やすか、あるいは両方を少しずつ進めることです。

残業の原因を「量・期限・不確実性」で分解する

残業が続くとき、原因は大きく3つに分かれます。

  • 単純に仕事量が多い
  • 期限が非現実
  • 不確実性が高く手戻りが多い。

対策は原因で変わります。量なら「削る・止める・人を足す」期限なら「締切の交渉・段階納品」不確実性なら「最初の合意を増やす・確認ポイントを増やす・仕様の決め方を変える」。部下の「遅い」を責める前に、この3分類で現状を点検してください。

仕事を振るときの4点セット:締切・品質・優先順位・トレードオフ

過重負荷は、仕事を渡す側の情報不足で生まれます。指示を出すときは、必ず4点セットで渡してください。

  • 締切(いつまでに)
  • 品質(どこまで作るか)
  • 優先順位(何より先か)
  • トレードオフ(何と入れ替えるか)。

特に④が抜けると、現場は「全部大事」に埋もれます。プレイングマネージャーは割り込みが多いほど崩れやすいので、割り込みが来た瞬間に「今の仕事の何を止めるか」を決めることが求められます。

同時進行を減らす:進行中の仕事を見える化して詰まりをなくす

忙しい職場ほど同時進行が増え、どれも遅れ、焦りが増します。まず「今動いている仕事」を見える化し、進行中の数を意図的に絞りましょう。やり方は、未着手/進行中/確認待ち/完了の4つをコントロールすることです。

進行中の案件が絞られると、確認待ちや判断待ちが目立ち、管理職が介入すべきポイントが明確になります。会議が長くなる背景にも「会議で初めて考え始める」問題があるためです。この辺りも詳しい内容は以下の記事をご確認ください。

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“止める仕事”を決める:足し算だけのマネジメントを終わらせる

新しい施策や改善はもちろん重要ですが、足し算だけだと現場は疲弊します。管理職が担うべきは、やめる仕事を決める責任です。報告の頻度を落とす、会議を短縮する、資料の作り込みを減らす、承認プロセスを減らす、テンプレ化する、などです。

こうした「価値が小さいのに時間が大きいもの」から止めると、短期間で効果が出ます。止める判断が難しいなら「今月は試験的に止める」と期限付きで実験し、浮いた時間で改善を回すと合意が取りやすくなります。

資源を増やす:標準化・テンプレ化・相談導線の整備が効く

資源は人員だけではありません。標準化とテンプレ化は、少ない投資で効きやすい資源です。メール返信、提案書、議事録、顧客対応のチェックリストなど、よくある仕事を棚卸しし、上位3つだけテンプレ化してください。判断回数と手戻りが減り、消耗を抑えることも可能になりま。

また、相談導線も資源のひとつと言えるはずです。先に「どの形式で」「どこまで整理して」持っていくか決めるだけでも、管理職の負荷は大きく下がります。

優先順位③ 納得感のある評価と成長支援を回す:不満の正体は「理由の不透明さ」

「給料が不満」という声の裏には、「なぜその評価なのか分からない」「何を頑張れば報われるのか見えない」という不透明さが隠れています。

組織的公正の研究では、公正さは分配(結果)だけでなく、手続き、対人、情報といった複数の側面から捉えられ、さまざまな職務態度と関連することがメタ分析で整理されています(出典:Colquitt, J. A. (2001). Justice at the Millennium: A Meta-Analytic Review of 25 Years of Organizational Justice Research.
)。

管理職がすぐ改善できるのは、とくに対人(扱い方)情報(説明)です。ここが整うと、評価の結論そのものへの反発も落ち着きやすくなります。

評価面談の型:結論→根拠→期待→支援

評価面談が荒れるのは、結論が最後、根拠が曖昧、次に何をすればいいかがない、の3点が重なるからです。順番を固定しましょう。

  • 結論(今回の評価はこうです)
  • 根拠(観測できた事実と成果、プロセス)
  • 期待(次の期間に求める役割)
  • 支援(上司として用意する支援)。

「頑張っていました…」のような主観ではなく、「どの行動が、どんな成果や改善につながったか」を具体で伝えることで、納得感は上がっていきます。

目標は「成果×学習テーマ」で置く:成長実感が残る設計

成果目標だけだと短期の数字に引っ張られ、学びが残りません。そこで、目標を「成果」と「学習テーマ」でセットにします。例えば、成果は「担当案件を期限内に納品」、学習テーマは「合意形成の取り方を改善する」「手戻りを減らすレビュー設計を覚える」。

自己決定理論では、人が自律的に動くために自律性・有能感・関係性が重要だと整理されています。学習テーマを置き、上司が支援することは、有能感の形成に直結し、エンゲージメントの土台になりやすい考え方です。

任せ方は「やり方」ではなく「目的と制約」:裁量が残るほど自走する

細かく指示され続けると、部下は自分の仕事としての手触りを失います。任せるときは「目的」「制約」「期待する結果」を渡し、やり方は一部を選べるようにします。選べる範囲があると自律性が保たれ、責任感が育ちます。

もちろん丸投げは危険なので、判断ポイント(ここは相談してほしい)だけは明確にします。任せ方の枠を設計することが、プレイングマネージャーの負荷軽減にも直結します。

承認は「成果」だけでなく「工夫・協働」を具体で拾う

納得感は評価の場だけで作るものではなく、日々の承認が土台になります。承認は褒めることより「見ている」と伝えることです。「この資料、読み手の迷いが減る並べ方になっていた」「先に関係者へ確認を入れたのが手戻りを減らした」のように、具体の行動を拾います。

これは“次に再現できる行動”を増やし、有能感の形成にもつながります(出典:Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-Determination Theory and the Facilitation of Intrinsic Motivation, Social Development, and Well-Being.)。

部下のモチベーションの扱い方については、別記事も内部リンクとして自然です。

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まとめ:離職は「兆候」の段階で止められる

部下の離職を防止するために管理職ができることは、精神論ではなく、運用の設計です。まずは人間関係の火種を拾い、言いにくいことが言える会話の型と介入手順を整えていきましょう。

そして次に、過重負荷を個人の努力に戻さずに、例えば仕事への要求を下げて調整したり、資源を増やすことも検討していきましょう。

さらに最終的には、評価の透明性と成長支援で納得感を作り、エンゲージメントと定着率を支えることを目指していきましょう。

なお明日から取り組むべき最小セットは、以下の4つになります。

  • 1on1の3問を固定する。
  • 仕事を振るときに4点セットを徹底する。
  • 進行中の仕事を見える化して同時進行を減らす。
  • 評価面談は結論から始め、根拠を事実で示す。

これだけでも、現場の体感は変わり始めます。離職は、退職届が出てからでは止められません。兆候の段階で、管理職が手を打てる職場に変えていきましょう。

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